

はじめに:電子カルテ導入の現状
近年、医療分野におけるIT化は急速に進んでおり、特にクリニックや診療所においては、電子カルテシステムの導入が着実に普及しています。その背景には、システム導入コストの低下やクラウドサービスの広がりといった要因が挙げられます。かつては導入のハードルが高いと認識されていた電子カルテですが、現在ではクリニックの運営効率化や患者サービスの向上に不可欠なツールとして認識されつつあります。
厚生労働省の調査によると、2020(令和2)年時点でのクリニックにおける電子カルテシステムの普及率は49.9%でした。これは2008(平成20)年の14.7%と比較すると、著しい増加を示しています。さらに、2023(令和5)年10月には55%を超える普及率に達しており、この傾向は今後も続くと予想されます。政府も2030年までに電子カルテの100%普及を目指しており、その推進を強化しています。
この普及の背景には、クラウド型電子カルテの登場が大きく影響しています。従来のオンプレミス型に比べて、クラウド型は初期費用を抑えやすく、インターネット環境があればどこからでもアクセスできる利便性があります。また、新型コロナウイルス感染症の流行も、オンライン診療のニーズを高め、クリニックにおけるIT化を後押ししたと考えられます。
しかしながら、海外の先進国と比較すると、日本の電子カルテ普及率はまだ低い水準にあります。例えば、アメリカ、スウェーデン、イギリス、シンガポールなどでは、クリニックにおける電子カルテの普及率が80%から99%に達しています。この差は、日本の医療制度やクリニックの特性、あるいは過去の導入コストなどが影響している可能性があります。
年次 | 普及率(クリニック) |
|---|---|
2008(平成20年) | 14.7% |
2011(平成23年) | 21.2% |
2014(平成26年) | 35.0% |
2017(平成29年) | 41.6% |
2020(令和2年) | 49.9% |
2023(令和5年) | 55%超 |
出典:厚生労働省「医療施設調査」等
この表からも明らかなように、日本のクリニックにおける電子カルテの導入は着実に進んでいます。今後は、さらなるコストの低下、機能の向上、そして政府の推進策によって、より多くのクリニックが電子カルテを導入し、その運用を最適化していくことが期待されます。
電子カルテ導入における主要検討事項
1. スタッフの教育・研修:ベストプラクティスとツール
電子カルテの導入は、医師だけでなく、受付スタッフや看護師など、クリニックに関わる全てのスタッフの業務に影響を及ぼします。そのため、導入初期段階における丁寧な教育・研修は、システムのスムーズな運用と業務効率の最大化に不可欠です。
研修期間は、クリニックの規模や導入する電子カルテの機能によって異なりますが、一般的にはシステム選定から本稼働まで6ヶ月から8ヶ月程度を要するとされています。研修自体は、開院の2~3週間前から開始することが推奨されており、段階的なアプローチが効果的です。
初期研修では、基本的な操作方法や用語解説から始め、徐々に各職種に必要な機能に特化した内容へと進めていきます。例えば、医師にはカルテ入力や処方機能、看護師にはバイタル記録や看護記録、受付スタッフには予約管理や会計処理といった具合です。座学だけでなく、実際にシステムを操作する演習や、模擬的な診療シミュレーションを取り入れることで、より実践的なスキルを習得できます。
研修教材としては、直感的に理解できる操作マニュアルの整備が重要です。画面キャプチャを多用し、具体的な操作手順をステップごとに解説することで、ITスキルに自信のないスタッフでも安心して取り組めます。また、よくある質問とその回答(FAQ)や、トラブルシューティングに関する情報をまとめておくことで、日々の業務における疑問や問題解決に役立ちます。これらのマニュアルは、ベンダーが提供するものをベースに、クリニック独自の運用に合わせてカスタマイズすることが望ましいです。
研修の実施主体としては、電子カルテベンダーによる導入支援や操作指導だけでなく、クリニック主導での継続的な研修が不可欠です。システム担当者を任命し、ベンダーと連携しながら研修計画を策定・実施することで、よりクリニックの実情に合った研修が可能になります。また、定期的な研修や勉強会を開催し、新たな機能の周知や操作スキルの向上を図ることも重要です。
研修段階 | 主な内容 | 実施時期の目安 |
|---|---|---|
基本操作研修 | ログイン・ログアウト、患者検索、基本画面の見方、共通機能の操作など | 開院2~3週間前 |
職種別研修 | 医師:カルテ入力、処方、検査オーダーなど | 基本操作研修後 |
診療科別研修 | 各診療科特有の入力項目やテンプレート、専門機能の操作など | 職種別研修後 |
模擬診療シミュレーション | 実際の診療を想定した一連の操作練習 | 開院1週間前 |
定期研修・勉強会 | 新機能の紹介、操作スキルの向上、質疑応答など | 導入後、必要に応じて随時 |
2. セキュリティとプライバシー保護の徹底
電子カルテは患者様の重要な個人情報を取り扱うため、セキュリティとプライバシー保護は最優先事項です。情報漏洩はクリニックの信用を大きく損なうだけでなく、法的な責任も問われる可能性があります。
アクセス権限の設定:職種や役職に応じて、システムへのアクセス範囲を明確に定める必要があります。医師は全てのカルテ情報を閲覧・編集できる一方、受付スタッフは予約情報や会計情報のみにアクセスを制限するなど、必要最小限の権限を与えることが原則です。
パスワード管理:定期的なパスワード変更を義務付け、推測されにくい複雑な文字列(英数字、記号の組み合わせ)の使用を推奨します。また、パスワードの使い回しを禁止し、安全な管理方法を周知徹底することが重要です。
通信の暗号化:院内ネットワーク内はもちろん、インターネットを介した外部接続においても、SSL/TLSなどの暗号化技術を用いて通信内容を保護する必要があります。これにより、第三者によるデータの傍受や改ざんを防ぐことができます。
個人情報保護法遵守:個人情報保護法をはじめとする関連法規を遵守し、必要に応じてプライバシーポリシーを見直し、国内規定との整合性を図る必要があります。特に、患者様の同意なしに第三者へ情報を提供することは原則として禁止されています。
3. バックアップ・データ管理体制の整備
電子カルテを安全かつ安定的に運用するためには、適切なバックアップ体制とデータ管理方法の確立が不可欠です。データの消失は、診療履歴の喪失につながり、患者様への適切な医療提供を妨げるだけでなく、法的な問題を引き起こす可能性もあります。
クラウド型 vs. オンプレミス型:クラウド型電子カルテの場合、多くのベンダーが自動バックアップ機能を標準装備しており、データは外部の安全なサーバーで管理されます。これにより、クリニック側での煩雑なバックアップ作業や管理の手間が軽減されます。一方、オンプレミス型の場合は、クリニック内にサーバーを設置し、自社でバックアップ計画を策定・実行する必要があります。
バックアップの頻度と方法:バックアップは、少なくとも毎日夜間など、診療時間外に自動で行われるように設定することが望ましいです。手動で行う場合は、担当者を決め、定期的に確実に実施する体制を整える必要があります。
4. システム障害やトラブル時の対策
電子カルテシステムは、クリニックの日常業務を支える重要なインフラです。システムが停止した場合、診療業務に多大な影響を及ぼす可能性があるため、トラブル発生時の初動対応を事前に決めておくことが重要です。
復旧手順の明確化:システムが一時的に停止した場合に備え、システム再起動や周辺機器(ルーター、モデムなど)のリセットといった基本的な復旧手順をマニュアル化し、関係者全員が共有できるようにしておく必要があります。
まとめ:クリニック運営と電子カルテの未来
クリニックや診療所における電子カルテの導入は、単に紙のカルテを電子化するだけでなく、日々の業務フロー全体を見直し、効率化を図る絶好の機会となります。スタッフへの適切な研修、セキュリティ対策の徹底、確実なデータ管理体制の構築、そしてシステム障害への備えを行うことで、患者様に対してより迅速かつ丁寧な医療サービスを提供することが可能になります。
電子カルテの導入を検討する、あるいは既に導入しているものの運用を見直したいという場合は、今回ご紹介した5つのポイント(スタッフ研修、セキュリティ、バックアップ、システム障害対策、経営メリット)を改めて確認し、自院の状況に合わせて最適な運用方法を検討してみてください。
近年では、AI技術を活用した電子カルテシステムも登場しており、音声入力によるカルテ作成支援や、診断支援機能など、さらなる業務効率化や診療の質の向上に貢献することが期待されています。
今後、電子カルテはクリニック運営の中核システムとして、その重要性をますます高めていくと考えられます。継続的な改善を重ねながら、安心・安全で質の高い医療サービスの提供を目指しましょう。
出典元

Dr.JOY株式会社 AI電話事業部 カスタマーサクセス
森川
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